人の好意には、時には、ありがたく甘えたほうがいい。
でも、甘えることが当たり前になると、それは単に図々しいだけに変わってしまう。
大学のとき、ドイツ語の講義に出られなかった友達にノートを貸してあげた。
だからといって、生物学や社会工学まで悪びれずにリクエストするのはね・・・。
急に雨が降ってきたその日、車で来ていたので知人を送って行った。
だからといって、その日以来、帰る時間が近くなると車で来てるのかどうか聞いてくるのはなぜ?
飲み会の後、盛り上がった流れで、みんなを自分の部屋に呼んで飲み直した。
だからといって、飲み会のたびに来ようとしないでっ。
何人かでご飯を食べに行ったとき、AさんがBさんに奥の席を勧めた。
だからといってBさん、毎回先頭切って奥の席に行っちゃうのはちょっとね・・・。
好意でもってした何かの行動は、それを享受できた人だけでなく、行った当事者にも心地よい感覚をもたらすはずです。
情けは人のためならず、ってやつと一緒ですね。
だけど、、、それが求められて当然みたいになっちゃうと、もしかしたら、いいことしたのに後悔するかもしれない。
相手に好意を持っていたのに、その気持ちが減っていってしまうかもしれない。
そんなの、悲しいことです。
好意はありがたく甘えるからこそ「有難い」と思うんです。
いつもそこにあるものじゃない。
Muu 2009年03月24日(火)16時29分 編集・削除
ほんっとにその通りだねぇ。。
私も身を引き締めなきゃいけないなって思ったし、逆に確かに「親切」したつもりがいつからかそれが相手から当たり前に思われちゃって、だんだんコミュニケートするのが苦痛になっちゃって、その相手から逃げるようになっちゃったりすることがあるなぁ。。。
悪気は無くても、デリカシーが無いのはやっぱり良くないよね。
「親しい」と「図々しい」は大違いだもんね。
しっかり自分のことも見直そーっと♪