金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2017.02.01 Wednesday


第9章 「昭和の第4コーナー」


小さな町の小さな文房具屋、時の流れが止まっていたようなおばーちゃんのお店は、おとんの文房具屋デビューとともに時間の流れが一変した。

今思えば、おとんの文房具屋デビューは一つのきっかけにすぎない。

昭和という時代が第4コーナーを駆け抜けゴールに向かうラストスパート真っ只中にぼくたちはいたのだと思う。
おとんが発明した??「文房具の出前」は相変わらず絶好調だった。

まぐれの域は抜け、なんとなくちゃんとした波を掴んだ。
そんな感じだった。

おとんは朝から晩まで配達に追われ、仕入れの量も格段に増えた。
問屋さんの営業兼配達のおにーちゃんも頻繁に出入りするようになり、お店は活気にあふれていた。

夏休みに入ったぼくは、午前中は宿題、午後は自転車配達員として借り出された。

自転車で行ける範囲は僕が担当だった。
友達と遊びに行ったり、野球をしたりする時間はあまりなかったけれど、もともとお店の手伝いは嫌ではなかったし、そんなに苦にはならなかった。

差し詰め、おとんが営業第1課でぼくが2課。
少なくともぼくはそう思っていた。

ぼくの自転車の荷台には「ボテバコ」という箱が付いていた。
郵便局員の自転車に付いてあるレンガ色の箱だ。

それはぼくの小さな自転車におおよそアンバランスで、おかんは箱だけ走ってるみたいとよく笑っていた。

配達先のおっちゃんやおばちゃんは、みんなおせっかいな商売の先生だった。

小学生が商品を配達したり、集金したり、返品を取りに来たりするのが微笑ましく、応援してくれていたのだと思う。

山上紙業の専務は商品の置き方一つにいちいちうるさかった。
ノートの裏表が全部一緒になっていなかったら、「ちゃんと揃えてもってこい!」と言ったり、ボールペンをばらで持ってくると、「今度からゴムで縛って来い!」と怒られた。

昭和精機のおばちゃんは挨拶にうるさかった。
いつも「こら!ぼく「毎度」に元気がない!!」といった。

中村製菓に配達に行くと、おばーちゃんと同じ年代の事務員がいつも帰りにチラシの紙でつくった袋にあられを入れて持たせてくれた。
焼きたてのあられは、ものすごく良い匂いがして、ぼくは中村製菓に配達にいくのが毎回楽しみだった。

その反面、2つ苦手な得意先もあった。

1件は柳田商店という同級生のおとうちゃんがやっている店だった。

梶田病院の敷地内にある柳田商店は入院患者のために生活雑貨を売る店だった。

柳田くんもぼくと同じ境遇らしく、ぼくが配達にいった時はたいがい店番をしていた。

「毎度です!」
「いらっしゃい!!」
小学校の同級生に向かっておとなの会話になるのがとても気恥ずかしかった。

柳田くんもきっとそう感じていたんだと思う。

もう1件は駅前の梶田不動産だった。

梶田不動産には、ちょっとだけ色の付いためがねの奥から怖そうな目を覗かせている社長と、いかにも怖そうな奥さんがいた。

梶田不動産に初めて配達に行った日のことだった。

商品をカンターに置き、お金を受け取って帰ろうとした。

「ぼく、ちょっと待ち!!」奥さんが怖い声色でぼくを呼び止めた。

「ぼくは商売人の息子やろ?」
「はい」
「ほんなら、手ぶらでかえったらあかんがな」
「配達に来たら、帰りには必ずこういうんや」
「切らしてるもんありませんか?」
奥さんは机の引き出しを開けてから「次、近所に配達に来る時、方眼紙を2冊持ってきてな」とぼくにいった。

ぼくは次の配達先で、梶田不動産の奥さんが教えてくれたことを早速試してみた。
「なんか、切らしてるものありませんか?」
事務員の女性は、少しびっくりしたようだったけれど、慌てて自分の机の引き出しを探りはじめた。
さらに周りの事務員さんに「何か注文するもある?」と聞いてくれ、取りまとめたメモをぼくに渡してくれた。

お店に帰り、メモをおとんに渡してから、今日のことを報告した。

おとんは満面の笑みで「ようやった!!」と褒めてくれた。

おばーちゃんとおかんもニコニコしていた。
空が今にも泣き出しそうなある日の午後のことだった。

そんな天気にもかかわらず、ぼくは「ボテバコ」にビニールカバーを掛けずに配達に出かけた。
いつもはおかんが天気を気にしていて、雨が降りそうな日には「カッパとビニール忘れたらあかんで」と注意してくれたのだが、その日はおかんも自分のことに追われ、天気のことまで気が回らなかった。

山上紙業に着く間際で激しい夕立が降り始めた。

「ボテバコ」の商品の上のほうは水浸しだった。

ぼくはびしょ濡れになった便箋4冊とプラスチックサシをもって山上紙業の事務所に続く階段を上った。

入り口の手前でぼくは便箋をシャツとズボンの間に隠した。

商品の体裁にうるさい専務に、ずぶ濡れの便箋を見せたらまた、こっぴどく怒られると思ったからだ。

ぼくはプラスチックサシだけカウンターに置いた。

「便箋は品切れか?」と専務が聞いた。

「明日持ってきます。
」とぼくは答えた。

専務はカウンター越しにぼくのお腹を触った。

「それ、出してみ!」
ぼくは、びしょ濡れで表紙が波打った便箋をカウンターに置いた。

それを見た専務は自分の机に戻りタオルを持ってきて便箋を丁寧に拭いた。

「なんぼや?」
「480円です」とぼくは答えた。

帰り道は幸い激しい雨が降っていたので、ぼくの涙は雨と一緒に地面流れた。
ぼくの町の先生たちはとてもおせっかいだった。

昭和の第四コーナー・・
ものすごくいい時代だったのかも知れない。


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