金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2017.02.03 Friday


第7章 一家に一台「マイ ティーチャー」


製パン工場の大商い以降、おばーちゃんと良子を除く僕達一家は商売の鬼になっていた。

というか、お金の神様に魂を売ったのだ・・。
もっと正確言うとお金の亡者になっていた。
ある日、うちに奇妙な機械がやってきた。
縦が50センチ、横が30センチ、高さが20センチほどで、ピンボールのゲーム機を小さくしたような機械だった。

上にアクリル板の蓋がついていて、開けるとレコードを乗せるターンテーブルのようなものがある。

「マイ ティーチャー」という教材機械だった。

裏面の茶色いシートが何十枚か付属で付いていて、そのシートをアクリルの蓋と本体の間に挟んでスイッチを押すと算数やら国語などの講義が始まる。

うちのお店で仕入れが一番多い奈多川商事が「マイティーチャー」の一次代理店になったので、その営業マンがおとんに2次代理店をやってみないかと持ちかけた。

その頃のおとんは向かうところ敵なしでその話にすぐ乗った。

機械なんか扱ったこともないし、それに代理店契約にはノルマみたいなものがあったので、おかんとおばーちゃんは猛烈に反対したけれど、それを押し切りおとんは契約をした。

数日後、販売デモ用の機械と販売マニュアルみたいなものがお店に届いた。

おとんはぼくに「これで勉強しておもろいところ教えてくれ」と珍しくまともな事を言った。
初めはすごく物珍しかったので熱中したのだが、3日もたった頃、機械がしゃべる質問や解説にうんざりしてきた。

機械は褒めてくれたり、怒ったりしないので次第に刺激が薄れていったのだと思う。

通常の使い方に飽きたぼくは面白いことを発見した。

マイティーチャーには録音機能が付いていた。

当時、もちろんラジカセなど一般家庭にある代物ではなかったし、身近に録音出来る装置は文字通り魔法の箱だった。

ぼくは録音に夢中になった。

特におとんとおかんの会話を録音し聞いては笑い転げた。

おとんとおかんの何気ない会話は、録音した後冷静に聞いてみると夫婦漫才そのものだった。
おかん「おとーちゃん、風呂上がってからパンツちゃんと変えた?」
おとん「おう、ちゃんと裏返したわ」
おかん「あほ・・。
」生で聞いていると聞き流す程度のばかげたボケと突っ込みではあるが、これを録音して聞くと無茶苦茶面白かった。

その他、テレビの野球中継や音楽番組を録音しては聞いていた。

マイティーチャーは開発時の設計ミスなのか、それともあえてそういう風にしたのかは分からないけれど、録音されていない無地シートだけではなく、講義が収録されたシートまで上書きが可能だった。

おかげで50枚ほどあった講義シートのうち無傷なものは2,3枚になり、もはや販売用のデモ機としての役割は果たせない状態だった。

おとんも「これは売れん」と思ったのか、それ以降マイチィーチャーに興味が無いようだった。

ある日、松下くんが店に遊びに来たので、ぼくはマイチィーチャーで録音した音楽を聞かせてやった。

松下くんはものすごく驚いたので、次に松下くんとぼくとで、沢田研二の「危険なふたり」を録音しながら歌った。

僕たちは歌詞を最後まで間違えず歌えるまで、何度も何度も取り直した。

次の日、松下くんとぼくは喉がかれて殆ど声が出なかったので、学校の先生は心配してくれた。

数日後、松下くんがおかんを連れてお店にやってきた。

「むちゃくちゃ勉強がはかどるからマイティーチャーこうて・・。
」と松下くんがおかんに嘘をついたのだった。

おばちゃんが「おたくでやらしてもうた、教材の機械ちょっと見せてくれへんやろか?」とおとんに言った。

ぼくはお店の裏に行きマイティーチャーをもってきた。

「どないして使うん」
といわれたので、僕はもう一回お店の裏に行き講義シートを持ってきた。

そして算数の11を取って機械にセットしスタートボタンを押した。

「さんすうの11・・・・」と機械の先生の講義が始まった。
おばちゃんはちょっとびくりした様子だった。

ぼくは内心、他の科目も聞かせてほしいと言われないかドキドキしていた。

算数の11以外はどれが無傷の講義シートか分からなかったからだ。

「あんたほんまに勉強すんのん?」とおばちゃんが言った。

「むちゃくちゃするわ!!」と松下くんが大声で答えた。

おばちゃんはおとんに機械の定価を聞いて2割値切ったあと「1台取り寄せといて」と言って帰った。

世の中のたいがいのおかんは、おとんの巧妙な嘘はすぐ見破るのだけれど、息子の単純な嘘は見破れない。

それからしばらくして、山城くんもおかんを連れてうちにやって来た。

松下くんが手口を教えたようだった。

ぼくは山城くんのおかんになんか悪い事をした気がした。

そんな気持ちとは裏腹に松下くんの手口は鼠算式で瞬く間に広がった。

録音機が目当てのドラ息子と、息子の成績アップを信じるおかんが連日お店にやって来てはマイティーチャーを予約していった。

ある日、奈多川商事の専務がうちの店に来て「どうやったらそんなようさん売れまんねん?」と聞いた。

おとんはもごもごしていた。

その夜の夕飯でおとんは「もうマイチィーチャー売んはやめや」と言った。

おばーちゃんはうれしそうだった。

ぼくも賛成だった。

おかんは初めに猛反対した手前、なにも言わなかったけれど「残念・・。
」と顔に書いてあった。

ぼくはそんな小心のおとんがとても好きだった・・。


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