金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2017.02.05 Sunday


第5章 ブルーメタリックの万年筆


おばーちゃんのお店は築45年になる。
もともと普通の住居だったのだが、7年前おじーちゃんが死んだのをきっかけに玄関と居間の壁を取っ払い、ちょっとしたお店が出来るように改造した。
きっとお店でもしていればおばーちゃん一人でも寂しくないと思ったのだろう。
全体的に老朽化し、あちこち痛んでいたので、大雨の日は所々で雨漏りがする。

だいたい雨漏りがする場所は決まっていたので、商品が濡れないよう陳列棚はそこを避けて置かれており、そのため全体のレイアウトがややいびつになっていた。
そんな古びたおばーちゃんのお店の中で、他とは雰囲気が違う一画がある。

そこは一番入り口に近い陳列棚で、他の棚は殺伐しているのだが、そこだけはいつもぴかぴかで、高級万年筆が20本くらい整然と並んでた。
万年筆は半年に1本くらいしか売れない。
町内の人の身内や親戚が進学したり、学校を出て就職したりする時にお祝いとして買ってもらえるケースがほとんどだった。

仕入れに値が張り、かつあまり売れない万年筆を置いていたのは、おそらくおばーちゃんの文房具屋として唯一のプライドだったように思う。

当時の文房具屋にとって万年筆は鮨屋のトロと同じ存在だった。
仕入れも他の商品と違い慎重だった。

万年筆が売れた次の仕入れの日は筆記具のマルハタに行き、1時間か1時間半かけて慎重に品定めをしていた。
おばーちゃんは必ず2本の万年筆を仕入れた。

そうやって初めは5本くらいの在庫が、一本売れるたびに倍になり20本くらいまでに増えた。
1年ほど前に近所の大工さんにお願いし、本体が白板できれいなガラス張り飾り棚を、店の外からでも見える位置に作り、そこに万年筆をディスプレイしていた。
ある日の夕方、学校から店が見える角まで帰ってきたら、店の前にパトカーが止まっていた。
ぼくは胸騒ぎがし、走って店に飛び込んだ。

おかんとおばーちゃんが青ざめた顔で立っていて、おまわりさんが2人刑事ドラマと同じように現場検証をしている。

そして何があったか聞く前にガラスが粉々になった飾り棚が目に飛び込んできた。
白昼堂々の強盗事件だった。
後でわかった事だが、おとんが市役所に出かけ、おかんが夕飯の買い物に出かけるタイミングを見計らい、さらにおばーちゃんが店の奥に引っ込んだ隙をねらった犯行だった。

店からバリーンというガラスが割れる音がしたので、おばーちゃんが店に出た時、既に犯人は外に出ていて、走り去る後ろ姿だけ見えらしい。

一通り現場検証が終わり、警官が帰った後、おとんは「じろさんのとこ行ってくる」と言って出て行った。
じろさんはおとんの中学の先輩で町警の係長をやっていた。
おとんはじろさんにお願いし犯人を早く捕まえて商品を取り戻そうと考えたのだと思う。

一旦冷静さを取り戻したかに見えたおかんだったが、夕飯したくをはじめてすぐ、米を研ぎながらしくしくと泣いていた。
気丈なおかんがしくしくと泣くところを見たのはこれが初めてだった。

ぼくは、沸々とこみ上げる怒りで体が震えたが、次に何をしたらいいかは考え付かなかった。
その日の夕飯は味がしなかった。
おばーちゃんは平静を装っていた。
おかんは目を張らしていた。
おとんはじろさんのところからまだ帰ってこない。
8時くらいになりようやく、おとんが帰ってきた。

じろさんと一杯やってきて、夕方おこった事を忘れているかのように上機嫌だった。

そして駅前のタカラブネで買ってきたケーキの箱を「おかーちゃんにおみやげや」といってテーブルに置いた。
おとんがおかんに優しい事をしたのも初めてて見た。

おかんはケーキの箱を開けてちょっとだけうれしそうだった。
中にはおかんの好きなチョコレートケーキが入っていた。

みんなでケーキを食べた後、おばーちゃんが真っ暗になった店に行き、なにやら取って戻ってきた。
ブルーメタリック色の万年筆だった。
割れたガラスを片付けている時、棚と床の間に落ちているのをおばーちゃんが見つけた。

強盗があわてて一本だけ落としていったのだ。
おばーちゃんは、それを袋から取り出しインクのカートリッジをセットして4、5回強く振った。
その後、スーパーのチラシの裏に試し書きし、ぼくに手渡した。

「あんたにはまだちょっと早いかもしれへんけどこれ持っとき」といった。
ぼくはずしっと重い万年筆でちらしの裏に○を3つ書いた。

何か字を書こうかと思ったのだけれど、何も頭に浮かばなかった。
おかんはおとんのチョコレートケーキが効いたのか、少し元気になっていた。

そして「よおし!あしたからようさんもうけて取り戻すで!!」とつぶやいたのをきっかけに、おかん自身に勇気がみなぎってきたのがわかった。
翌日、割れた棚のガラスは入れなおしたけれど、店に万年筆が飾られことは二度となかった。
おばーちゃんのお店、金田文具店ではブルーメタリックの万年筆が最後の万年筆になった。


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