金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2017.02.10 Friday


プロローグ


ぼくは大阪の小さな町の小さな文房具屋に生まれた。

そして気が付けば文具メーカーに就職し、今は文具通販の会社で働いている。

今、振り返ればそんなに意識はしていなかったが
(まあ、多少・・成り行き的なところもあったと思うが・・)文房具用品に囲まれ30数年間を過ごしたことに自分自身少し驚いている。
8歳でコピーペーパーのサイズが全て言えたし。
10歳になる頃には、シャチハタネーム印の回転ディスプレイを3回まわした後、ぼくの名前のネーム印は5秒で見つけることが出来た。
11歳で近所に配達に行けるようになり。

12歳で領収書の書き方を覚えた。
 大阪という町は、よくいわれるように商いの町だ。

そんな町で他聞に漏れず、商売魂旺盛な”おかん”と”おばーちゃん”と”おとん”の教育を受け育った。
 ”おかん”がいうには、ぼくの初めて覚えた言葉は「じゅえん(十円)」で、
物心が付く前の遊びといえば、店の出口に設置されたレジスターの横に座り、
清算のボタンを何度も押しレジを「ちぃーん」と開け閉めしていた事らしい。
小さい頃、どうしても欲しいおもちゃがあった。

そこで”おかん”に頼み込んで臨時のお小遣いをもらった。
 喜び勇み近所のおもちゃ屋に向かった。

目当てのプラモデルを手に入れ家に帰ったその時だ。
 店の入り口で電卓をたたく”おかん”がいきなり、
プラモデルを見せろといった。
そしてこれをなんぼ(いくら)で買ってきたかと聞いた。
ぼくはとっさに嘘をついた。

「180円でこうた」定価は200円のおもちゃだった。
なぜなら、我が家、わが町では、物を定価で買うことはなにより
ご法度という不文律があったからだ。
次におかんはおつりを見せろいう。
ここでジエンドだ。
おかんはぼくの首根っこ掴み、近状のおもちゃ屋に一目散に走りだした。
そして店に着くと店主を呼び出し一言「あんた、子供やおもて定価で物売ったらあかんやろ!」 店主はぼくに無言のまま20円を差し出した。
ぼくは20円を黙って受け取った。
帰り道は怖かったという思いと、悔しいという思いが交互にやってきて、ずっと泣いていた。
その日のおかんの言葉は30年以上経った今もなお、ぼくの心から離れない。


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