金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2015.02.01 Sunday


第16章 ファーストラブ(初恋)


うちから自転車で20分くらいの所に近鉄バッファローズのホームスタジアム藤井寺球場があった。

当時、近鉄は「どなやんねん・・」というほど人気がなく、巨人・阪神と比べれば同じプロ野球でも全く別の世界だった。
ぼくは、おとんの影響で阪神ファンだったのだけれども、熱烈な近鉄ファンであるかまぼこ屋のおっちゃんに無理やり誘われて、バッファローズ友の会に入っることになった。
バッファローズ友の会は子供が年会費1500円で、選手がかぶっているのと全く同じ帽子と会員証がもらえて、小中学生は藤井寺球場での試合は外野席が無料で入場できたし、シーズンオフになっても球団がお金を出して、クリスマスパーティーやら、餅つき大会やらをやっていた。

球団経営はもちろん万年赤字で、オーナーの道楽か、鉄道会社のプライドか・・本業の鉄道でもうけたお金をつぎ込んで、破格のサービスだった。
小学校最後の夏休みのある日。

かまぼこ屋のおっちゃんが2歳年上で中学生の角谷さんと僕を藤井寺球場に連れって行ってくれた。

おとんもたまに甲子園球場に連れって行ってくれたけれど、こんな近所でプロ野球の試合が見れることに僕は少しわくわくしていた。
角谷さんはひょろっと背が高く、顔と名前は知っている程度でしゃべったことはなく、どちらかというとおとなしくて影の薄い女の子だった。
球場に着くとスタンドはがらがらで、全体の1割も観客は入っていなかった。
かまぼこ屋のおっちゃんと角谷さんはなれた様子で、外野ライトスタンドセンターよりに席を取った。

そこだけがやけに人口密度が高く、もっとすいているところはあるのだけれど、なんでここなのかと不思議に思った。
かまぼこ屋のおっちゃんは、方々の顔見知りらしき人に挨拶して回った。

どの人もやたら柄の悪そうなおっちゃんばっかりだった。

角谷さんが新聞折込のチラシとはさみをかばんから出して、1センチ角に細かく切りスーパーの袋に詰め込んだ。
点数が入った時に飛ばす紙ふぶき用だ。
試合開始までまだ一時間くらいあるし、ぼくは特にすることもなく、ぼうっと選手の練習風景を眺めていた。

ノックのボールとバットがぶつかる音も、選手の話し声も、よく聞こえて・・。

内野席の酔っ払いの野次に選手が本気で食ってかかるのを見て大笑いした。
球場の観客もほとんど増えないまま、プレイボールがコールされた瞬間、角谷さんが豹変した。
スタンドのベンチシートに仁王立ちになり「河野!!そのスイングやったら、小学生のボールも当たらへんわ!!」と大きな声で野次を飛ばした。

人口密度がやたら高い一角が大爆笑に包まれ、ぼくはあっけにとられた。
角谷さんは藤井寺球場ライトスタンドの名物ガールだった。
それからも、角谷さんが繰り出す野次は絶妙で、口を開くたび拍手喝采だった。
試合も終盤に入る頃、その一角は異常な雰囲気で、ぼくも何が何だかわからないくらいに興奮していて・・。

7回の表くらいで思い切って角谷さんの野次に合いの手を打つように野次を飛ばした。
角谷さんと同じくらい拍手が僕にむけられ頭の中が真っ白くなった。
帰りの車の中、角谷さんが「面白かった?」と聞いた。
ぼくは頭の中かが、まだ半分白いままで、それもで一生懸命うなずいた。
なにがきっかけかは、よく覚えていないけれど・・。
それから、かまぼこ屋のおっちゃんがいなくても、2人で時々自転車に乗って藤井寺球場にナイターを見に行った。

僕達はすっかり打ち解けて休みの日に選手のサインをもらうため、藤井寺駅界隈を歩きまわった。

選手の寮の前で待ち伏せしたり・・パチンコ屋に忍び込んで、パンチンコをしている選手を探してはサインをねだった。
ある日、角谷さんが当時バッファローズのエースだった大田投手の自宅住所を手に入れてきた。
僕達は大田投手の家の前で張り込みをした。

角谷さんは大田投手の大ファンだった。
長い間まったけれど家から出てくる気配もないし、帰ってくる様子もなかったので角谷さんが「今日は帰ろう」と言って歩きだした。
ぼくは思い切って玄関のインターフォーンを鳴らした。
きっと角谷さんに勇敢なところを見せたかったのだと思う・・。
心臓をドクドクさせながら待っていると大田投手のおばーちゃんらしき外国人女性が出てきた。
大田投手はロシア人と日本人のクォーターということは知っていたので、おばーちゃんを見て驚かなかったけれど、その女性がとても美しい日本語を話すことにぼくはびっくりした。
「大田投手のサインが欲しいのですけれど、いらっしゃいますか?」と知っている限り精一杯の敬語で聞いてみた。

「今日は遅くなると連絡があったのよ・・」とおばーちゃんがいった。
ぼくは「すいませんでした・・」といって帰ろうとした。
サインは手に入らなかったけれど角谷さんに勇気のあるところを見せれたし、任務完遂という感じで満足だった。
大田投手のおばーちゃんは意外にも「うちに上がっていきなさい・・」ととっても優しい発音で言った。
僕たちはうちに入れてもらい、ケーキと紅茶をご馳走になった。
大田投手のおばーちゃんと何を話したかは覚えていないけれど・・。
おばーちゃんは孫のファンを本当に大切に思っているんだなぁと感じたのははっきりと覚えている。
帰り道、角谷さんが「金田くん、むっちゃ嬉しかったわ・・。
ありがとう」といってくれた。
その夜、ぼくは眠れずにふとんで胸がチクチクしていた。
それは、いつものドキドキとぜんぜん違うチクチクだった・・。
その夏休み、藤井寺球場で試合がある日のほとんどをぼくは角谷さんと一緒にライトスタンドで野球の応援に熱中していた。

3回に1回くらいかまぼこ屋のおっちゃんが参戦した。

ものすごく楽しかったけれど・・秋も深まり、バッファローズに優勝マジックが点灯したころ・・。
クラスの友達に角谷さんとの事を冷やかされて、それをきっかけに、ぼくは角谷さんを無視するようになった。
それから何年もの間、ぼくは町ですれ違っても目をそらし、角谷さんも目をそらした・・。
それは「It’s 初恋・・。
」ということなんだろう・・。


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