金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2015.02.01 Sunday


第21章 tough pulling(引きの強さ)


年末になってぼくの住む商店街も、例年通り活気十分だった・・。
毎年この季節になると、もうすぐお正月が来て、おとんの友達とか親戚とか、うちにたくさんの人が来る「わくわく感」と、大人たちが何かにつけて、ばたばたと忙しいそうにしているのが見れるという「わくわく感」とが重なってぼくは、すごく興奮してしまう。
おかんの口癖は「ああ・・もう・・忙しいわ・・」で、年の瀬になるとこれを連発する。

ぼくはその口癖がなぜか好きだった。
今年から商店街の組合長の提案で「年末特別セール」を行うことになっていて、メインイベントが福引だった。
うちの店も、一応商店街組合の会員だったので、買い物をしたお客さんに100円につき1枚渡す、福引券が200枚綴りで10束やってきた。
今回の冬休みは、正志にーちゃんが車の免許を取ったおかげで、多少配達の量が多くても、自分から「手伝おか?」というまで、おかんもおとんも、「配達行ってきてんか」と言わなくなった。
福引券がやってきた日、ぼくは朝からお店の一番入り口よりの席に座りお客さんを待っていた。

どうしても福引券を渡すサービスをやってみたかったのだ・・。
その頃になると、ますます店売りの量が減り、お店の売り上げの殆んどを配達が占めるようになっていて、買いに来るお客さんは、ぽつぽつだった。
10時半頃になって、やっとその日最初のお客さんがやってきた。

山中呉服店のおかみさんだった。
「領収書、くれはる?」
「"ウケ"の41番ね、とおかみさんが言った。
」ぼくは棚から、何種類かの領収書を出して「ウケー41」と表紙の右上に書かれた品番を確かめてから、袋に入れておかみさんに渡した。

「120円です」とぼくが言って、おかみさんが200円、がま口の財布から取り出した。
ついに緊張の瞬間がやってきたのだ・・。
ぼくはレジからお釣りの80円と、レジの横に置いてあった、まっさらな福引券の綴りから、1枚切り取っておかみさんに手渡した。
山中呉服店のおかみさんは、この町で一番上品と評判のおばちゃんだった。

実家が京都の呉服屋で河内弁ではなく京都弁を話す。
勘ぐり好きのおかんがよく
「山中の旦那さんは、おかみさんの実家のほうが呉服屋としての格が高いから、いつも気使こてはんねん」と本当か嘘わからないことを言って、いつもおとんに怒られていた・・。
「ぼく・・商店街組合の会員どうしは、福引券渡したらあきまへんねんで・・」とおかみさんはいった。
すこし大げさだけれども、山の頂から谷底に突き落とされた気分だった・・。
横で聞いていたおかんは「そうですのん?商店街からもろた冊子、よう読んでへんかったわ・・」とおかみさんに言った。
気を取り直し、次のお客さんを待ったが、昼までにやって来たお客さん3人はすべて、商店街組合の関係者だった・・。
その日は不覚にも午後から松下くんと高山古墳の写真を撮りに行く約束をしていた。
お昼ごはんを食べ終わってしばらくすると、松下くんが自転車でやって来た・・。

ぼくは福引券のことが気になって仕方なかったのだけれど、今さら断ることもできず渋々出かける事にした。
高山古墳に着いてからも、ずっと気になって、5〜6枚くらいの写真をいい加減にとって「そろそろ帰ろうや」と松下くんに言った。
「えぇ〜もう帰んのん?」と松下くんが言ったけれど、ぼくはその言葉を無視して自転車を止めてある墓地の入り口に向かった。
帰り道は、ペダルをこぐ足に力が入ったので、松下くんとどんどん距離があいて、後ろを振り向くと遠めに見てもわかるくらい、やる気を失って、ふて腐れている松下くんが遥か遠くに見えた。
うちに帰り、すぐさまレジの横の綴りを確認すると15枚くらい福引券が減っていた。
「おかん、お客さん来たん?」「3人くらい来やはったわ」ぼくは、またお店の一番入り口近くの席に座った。
外もちょっとだけ暗くなりかけた頃、米屋の三男坊、小3のカズヒサがお使いでガムテープを2本買いに来た。

米屋は近所だけれど、幸い国道向かいにあったので、商店街組合の会員ではなかった。
ガムテープは1本130円だったので2本で260円だ・・。
ぼくはカズヒサに渡す福引券を2枚にしようか3枚におまけするか、少し考えたのだけれど・・結局2枚渡すことにした。

カズヒサは「アキくん、おおきに!!」といって嬉しそうに、にやっとした。
サービスをしたという実感がふつふつと心のそこから沸いてきて、今度は谷底から山の頂まで一気に駆け上がった気分だった。
次の日以降は意外にも、普段の日よりお店に買いに来るお客さんが多くて・・。

きっと年末になるといろんな物が必要になるのだろう・・。
4日後・・・
年の瀬もいよいよ押し迫った12月の30日、午前中はみんなでお店の大掃除をして、お昼ごはんはおせち料理の余った材料で作った、ちょっと贅沢な献立だった。
お昼が終わって居間でテレビを見ているとおばーちゃんが「昭、ちょっとおいで・・」とお店から呼んだ。
お店に出ると、おばーちゃんはぼくに福引券を30枚渡して「今日で福引最後やし、だいぶ余ったから、ガラガラ行っといで」と言った。
それを聞いていたおかんは「商店街組合の会員はガラガラしたらあかんのうちゃう?」と言った。
ぼくたち3人は、商店街から配られた「年末の福引について」という冊子をもう一度読み返した。

確かに「商店街の会員には福引券を渡さなくてもよい」と書いてあったが、「会員は福引をしてはいけない」とはどこにも書いていなかった。
「せやけど・・ちょっとやらしいんちゃう??」とおかんが言った。

「子供やから大丈夫やって・・」とおばーちゃんが言ったので、ぼくは福引会場がある駅前のロータリーに向かった。
福引のカウンターには、はっぴを着たちょっと意地悪な農協の”めがね”がいた。

いつもぼくが、農協に両替に行くと嫌な顔する嫌なやつだ・・。
「金田文具のぼんやんけ?」
「その券、家からもってきたんか?ほんまはあかんねんぞ!!」と”めがね”が言った。
「そんなん、冊子のどこにも書いてへんわ!!」と言って、ぼくは30枚の福引券を”めがね”の前に突き出した。
1回目・・白、2回目・・白、気合の3回目・・白・・・「はい!!ティッシュ3個です!!」と”めがね”が嬉しそうに、ポケットティッシュを3つ、ビニール袋に入れてぼくに差し出した。
うちに帰ると、おかんが「どないやったん?」と聞いたので、ティッシュを机に出して「あかんかった・・」と言った。
「あんたヘタクソやなぁ〜」とおかんに言われ、ぼくの燻っていた闘士に火がついた。
「もう1回行ってくる!!」といってレジ横の福引券、今度は50枚持って家を飛び出した。
今度もまた、燃え上がる闘志とはうらはらに憎っくき”めがね”に致命的な返り討ちにあう結果となった・・。
おかんはぼくが持って帰ってきた、袋の中身を見て「あんたも、おとーちゃんと一緒で勝負事はあかんタイプやな〜」と言った。
悔しくて下まぶたに涙が溜まってきた。
自分自身の勝負弱さに腹を立てながら、テレビを眺めていた時・・。

突然、おかんがエプロンを外して「行くで!!」と言って、レジの横に置いてあった残りの綴りを全部握りしめた。

「男の子が勝負に負けてそのまま帰ってきたらあかんわな!!」おとんは河内生まれの河内育ちだが、九州の血が流れている。

おかんは生粋の河内人だ・・。

おかんは隣町の農家の生まれで、小さい頃はやくざ映画の中で見る「賭場」があちこちの家で開かれていたらしい。

おかんのおとん、すなわちぼくのおじーちゃんは、チンチロリンの名人だったらしい。
そんな血を引いてか・・
ここと言う時の勝負強さと勝負事に対するこだわりは金田家で一番、きらっと光るセンスを感じる場面が今まで何度もあった。
ロータリーに着いて、おかんは”めがね”の前に綴りのままの福引券を置いた。

”めがね”は目を、まさにゴマのように点にしたまま完全に固まっていた・・。
「数えてんか?」とおかんが言って、ようやく”めがね”が我を取り戻した様子だった。

福引券は全部で568枚・・。

ぼくは、慌てて本屋で漫画を買ったときにもらった4枚の券を財布から出した。
全部で57回分だ。
おかんは福引機の取手を握ると華麗に回し始めた。
赤、ピンク、黄色・・・カラフルな玉が福引機から飛び出した。
半分くらい終わった時「アキヒロ交代・・」とおかんが言った。
そして「勝負事は運ちゃうで、勝とうと思う気持ちや」と誇らしげにぼくのおしりをはたいた。
流れに乗って・・色つきの玉が飛び出した・・。
緑・・ピンク・・・黄色・・・家の帰ると、福引の景品を一杯もって帰ってきた僕たちを見て
おとんはおかんに「おまえほんま勝負事になったら恐ろしいのぉ・・わしには無理やわ」と尊敬の眼差しで言った。
「勝気は不運を制す・・。
」ぼくは悔しいことや残念なことがあった日・・
少し大げさに言うと勝負に負けた日は、必ず色玉のことを思いすのだけれど・・。
残念ながら、ここだけおとんの血を引いていることを痛感して、おとんをちょっとだけ恨んだりもする・・。


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