金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2015.02.01 Sunday


第22章 文房具屋の匂い・・


凍結した道端の水溜りが昼になっても解けないほど、冷え込んだある日・・。

学校から帰るとお店の奥手にコピー機が設置されていた。
コピー機本体の販売とA4サイズ1枚30円のコピーサービスを始めたのだ。
マイティチャーの一件以来、金田文房具店では「文房具屋に機械ものは無用・・さわるべからず」という不文律があり、好奇心旺盛で新しいもの好きのおとんも、わりとかたくなに、その不文律を守っていた。
今回はマイティチャーの時と違い、おとんの好奇心というより、時代の流れ的なもので・・。

この小さな町にもオフィスオートメーションの第1波がついにやって来たのだった。
ある日、印刷物の仕入れ担当だったおかんが「安田さんとこからの注文、最近へったなぁ」と言い出した。
うちのお客さん(中村製パンと梶田精密機械工業のような大手会社を除く)のなかで、一番のお得意さんだった、安田建設からの印刷物の注文がある日を境に激減したのだった。

おとんが、安田さんところの最近の伝票を繰りながら「ほんまやなぁ〜。
正志、配達に行ったとき、なんでか?聞いて来い」と言った。
次の日の夕方、配達から帰って来た正志にーちゃんがおとんに報告した。
「安田建設の奥さんに聞いて来ました・・。
自前で複写機を買わはったんですわ。
」大手の会社ならともかく、零細企業が複写機を自前で持つなんて、当時は衝撃だった。
「どこから買うたって言うてはった?」とおとんが正志にーちゃんに聞いた。
「機械の横に文具のタキムラって書いた名刺が貼ってありましたわ」文具のタキムラは大阪市内にある同業社だ。
おとんが「えらこっちゃ・・」と独り言のようにつぶやいた。
それから数日後、山上紙業から電話があって専務が教えてくれた。
「大阪市内から来た業者が、えらいセールスしに来よったで・・。
うちは相手にせぇへんかったけどな・・。
」電話を切ったおとんは「こら、あかんわ・・」と今度はみんなに向かって言った。
文具のタキムラはトナー液の交換に来る度、ちょくちょくとこの町の会社に訪問してコピー機と文房具のセールスをするようになったのだ・・。
おとんは、慌ててコピーの代理店契約をし、うちの店もずっと避けていた機械ものの販売を開始することになった。
コピー機がお店にやって来た日以降、いつも店中トナー液が焼ける匂いにつつまれた。
当時のコピー機は、スタートボタンを押すとブーンとものすごい音を立てて、うわ蓋の隙間からすごい光と熱を放つ・・。
コピーは「取る」のではなく、「焼く」という言い方が一番正しいのだと今でも思う。
ぼくはトナーの焼ける匂いがとても好きだった。
果物屋の甘酸っぱい匂い、薬屋の薬品の匂い、自転車屋のタイヤゴムの匂い、靴屋の皮の匂い・・・
僕の中では、トナー液の焼ける匂いが文房具屋の匂いになった・・。
コピー機本体はなかなか売れるものではなかったけれど、コピーサービスはこのあたりに無く、町のたくさんの人がコピーをしにうちの店にやってきた。
ぼくが、店にいる時はコピーサービスの担当だった。
レコードの歌詞カードや新聞の切り抜き、子供会のお知らせなど・・。

いろんな人がいろんな物を複写しに来た。
焼きたてのコピーはほかほかで、なんかパン屋でパンを売るような気分になり、みなが一様に喜んで帰っていくのが楽しかった。
「好きこそものの上手なれ」で・・。

しばらくすると、ぼくは機械のちょっとした整備も出来るようになった。

整備のおにーちゃんが来くる度、横にいってじっと観察し、見よう見真似で覚えたのだある日、朝日屋食堂のキヨちゃんが「お品書き」をコピーしに来た。
朝日屋食堂は朝日屋というわりには、昼直前に店を開けて、夜はちょっと一杯飲める古い建物のお店で・・。

頑固なおやっさんと一回嫁にいったのだけれども、すぐに離婚して帰って来たキヨちゃんの2人でやっていて、けしてまずくはないけれど、特段おいしというわけでもない。

ただ、値段は特別安くて料理が出てくるまで、ものすごく早いので、商店街の家族ぐるみでやっているお店の人たちが、忙しい日などによく利用する、この町には無くてはならない食堂だった。
キヨちゃんが複写しにきたものは、飲食店にとってものすごく重要な「お品書き」だったので、ぼくはコピー機のガラス面を一度綺麗に拭いてから「お品書き」を10枚、丁寧にコピーした。

そして折り目が付かないよう慎重に丸めて輪ゴムを掛けてから、袋に入れてキヨちゃんに手渡した。

キヨちゃんは「メニューを増やしたり値段変えたりする度に書き変えんとあかんやろ、結構な数やから、コピーは助かるわ」と言って嬉しそうに帰っていった。
しばらくして、朝日屋食堂に行くと「お品書き」は手書きままだった。
「おばちゃん、コピーしたやつ、なんで使わへんの?」とぼくが聞くと、キヨちゃんは「うちの頑固じーさんがお品書きは手書きやないとあかん言うて、聞けへんのよ。
手書きでもコピーでもそんな変われんのになぁ」と言った。
大正生まれの、頑固じーさんと、うちのおばーちゃん・・どちらも同じだった。

機械ものはやっぱり、どうやってもだめなんだろう・・。
ぼくが好きなトナーインクの匂い・・。

おばーちゃんは「この匂い食欲がなくなるわ」といつも言っていた。
そして、この頃からだった。
おばーちゃんは老人会の浪曲教室やら川柳会などに出かけるようになり、お店にあまり出なくなった。

ぼくが知る限りのおばーちゃんの人生は、ずっとずっと文房具屋だったので。

おばーちゃんの居ないお店はものすごく違和感があったのだけれども・・
おばーちゃんも、もともと得意な浪曲を歌うのが楽しそうで・・
まったく文房具屋にも未練がないようだった・・。

おとんは「オバンも長いことがんばってきてんから、もうそろそろ、好きなことしたらええねん」といつも夕飯で言っていた。
その時は気づかなったけれど、おばーちゃんはがんばって一生懸命楽しんでいたのだと思う。
ある時代はいつしか境目を向かえて、次の新しい時代に自然と切りかわる。

人もそれに従うように次の世代の人に移り変わっていく・・。
逆らえない時の流れを、おばーちゃんは知っていた・・。
誰にも気を使わせないように・・誰にも迷惑を掛けないように・・そして、誰にも気付かれないように・・そっと・・
おばーちゃんは文房具屋を卒業した。
今でもたまに考える・・。

鉛筆、文鎮、墨汁、大学ノート、万年筆、消しゴムに電卓・・チョークに便箋・・・・・
おばーちゃんにとっての文房具屋の匂いって
なんだったんだろう・・。


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