金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2017.02.08 Wednesday


第2章 おとんの決断


ある日、学校から帰ったら店におとんがいた。
おとんは事務方なのでめったに外回りはしないが、たまに外回りに出て早めに帰って来ることがある。
「おとうはん、今日は早いな?」「いや、朝からおるよ」「熱でたん?」「いや、お父ちゃん会社辞めてん」多少びっくりはしたが、それより嬉しい気持ちが優っていた。
幼いぼくに一家の大黒柱が会社を辞めるということの意味はわからず、ただドキドキしていた。
それはこの先どうなるのか?やっていけるのか?という不安が先行する大人には持てない「これから何か、とても楽しい事が起こる」という子供ならではの直感である。
今になって思うが、そういう幼い直感は現実になる可能性が高い。

「おとうはん、これから何のお仕事すんのん?」答えはわかっていたのだが、どうしても確かめたかった。
「おばーちゃんと一緒にこの店するんや」「やった!!」ぼくは天にも昇る気分で心臓はバクバク鳴っていた。
はしゃいで飛びまわっていると、おかんが突然怒りだした。
「何が「やった!」や!!、いっこもええことあれへん!」店の中の空気は凍りついた。
ぼくはおばーちゃんの顔を覗きこんだがおばーちゃんは目を合わせようとしなかった。
今になってみると、おかんとおばーちゃんのその時の気持ちはわかる。
先の事や生活の不安は当然あったのだが、なにより文房具の商店など働き盛りの男がやる仕事ではないと思っていたのだろう。
そして凍りついた空気はその夜の夕食まで続いた。
なにがなんだか分からないぼくを哀れに思ったのか、おばちゃーんは「今日はおばーちゃんとこ泊まっていき」」といってくれた。
いつもならおばーちゃんに気を使って、おかんが2、3回「泊まんのはアカン!!」と反対するのだが、その日だけは何もいわなかった。
夕食が終わり、おとんとおかんと良子(妹)が3人で家に帰った後、おばーちゃんが500円札を差し出した。

ナカハラのおっちゃんの店、まだ開いてるからお菓子とジュース好きなだけ買うておいで、おかんに内緒やで・・」ぼくはナカハラのおっちゃんの店へ行き、ラムネとオロナミンCとお菓子を何個か買って帰った。
お風呂に入りテレビを見ながらオロナミンCをちびちびと飲んだ。
その時、大人がお酒を飲む時の気持ちを少しわかった気がした。
そろそろ寝る時間になった頃、思い切っておばーちゃんに聞いてみた。
「おばーちゃんはおとうはんと店すんのん嫌なん?」「嫌なことあれへんよ・・。
」ぼくの心臓はまたドキドキした。
その夜、布団の中でいい考えを思いついた。
「明日はいつもより早起きしておとんを駅で待ち伏せしよう。

もし気が変わって会社に行ってしもたら大変や・・。
」しかし翌朝、おばーちゃんに起こされて目が覚めたら学校に行く時間だった。

あせったぼくは、店が始まる時間まで学校をサボろうかとも考えたがうまい言い訳が見つからず、渋々学校に行くことにした。
その日の授業はもちろん上の空で、終業のチャイムと共に学校から走って店に向かった。
おとんは店の奥に座っていた。
心臓は昨日の倍のスピードになっている。
ぼくは店の前で大声を上げ泣いた。
その日の夕食はいつもの夕食だった・・。


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