金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2015.02.01 Sunday


第24章 男子、たまに泣いてもいいんよね


人生で一番、つらく悲しい日だ・・。
今思えば、この日の300倍くらい辛く悲しい日は数えきれないくらいあったのだけれども・・その時はそう本気で思っていた。今度入学する僕の町の中学校は男子生徒全員、校則で頭を丸坊主にする規則になっている。小学校を卒業した生徒がその春休み、坊主頭にするタイミングはおおきく2派に分かれていた。
青光りする刈りたての頭を、春休みの間に日に焼いて馴染ませてから入学式を迎えるため、小学校の卒業式が終わると、早々に頭をかってしまうタイプと、、最後の最後まで引っ張って入学式直前で丸がりするタイプだ。。ぼくは、最後の最後まで引っ張って入学式前日に散髪屋に行った。国道向かいの坂川理髪店に行くと、おばちゃんが「アキくん、やっと覚悟できたんか。おばちゃんが格好ようしたるさかいな」とうれしそうに言った。坂川理髪店はぼくが小さい頃から通っている散髪屋さんで、おっちゃんとおばっちゃんの夫婦経営だ。普段は2人とも気さくでいい人なんだだけれども、ついうっかりと夫婦喧嘩の翌日なんかに行ってしまうと大変な事になる。もともと二人とも若い頃やんちゃをやって、とくにおばちゃん方は心に火がつくと誰もとめれなく激高タイプだった。「アキくん、今日は5厘刈りか?」坊主頭にも4段階くらいあって、一番短いのが「5厘刈り」次が「1枚刈り」そして「2枚刈り」「3枚刈り」と続く。
中学校に規則では、人差指と中指で髪の毛をはさんで、髪の毛がはみ出ない程度の長さに保たねばならないので、3枚刈りでぎりぎりくらいだ。「おばちゃん、3枚刈りにして・・」「入学早々から、3枚刈りやったら先生に目付けられんで・・」とおばちゃんが言った。
ぼくは男のくせに自慢だった、ちょっと長めのストレートヘヤーに、別れを告げる日が・・とうとうやって来たのだ。バリカンがウゥーンと重みのある音を立てて、前髪の右斜めの分け目から入ってきた。
ぼくは、ほんの気持ち少しでもと思い・・バリカンの歯が深く入らないようにと、一生懸命首をすぼめ・・椅子に沈み込んだりと、最後の抵抗を試みた。それに気づいた散髪屋のおばちゃんは、「そんな事しても無駄やで、男の子やろ・・潔くしぃ!!」と言ってバリカンの歯をしっかりと僕の頭に食い込ませた。目の前を自分の髪の毛が大量に落ちていくのが見えて・・・。まるで僕自身の一部が剥がされていく思いで、気が遠くなりそうになった。
そして、散髪台の前の大きな鏡を見るのが怖くて、僕はずっと床に落ちてく髪の毛を見つめてていた。「アキくん男前になったで!!」とおばちゃんが言って、肩をぽんとたたき、僕の断髪式はあっけなく終わった。勇気を出して鏡を見るとそこには、おでこが異様に狭くて、真っ青に青光りした頭の見慣れない少年がいた。悲しくなり・・もうその時点で声を上げて泣きたかったのだけれども・・
必死で我慢した。散発屋のおばちゃんもぼくのへこみようを見て心配になったようで・・冗談も言わなくなり、散発代の半分を「ご祝儀や、お小遣いにし」といってまけてくれた。ぼくはもらったお釣りも数える気になれず・・そのままポケットに押し込んだ。帰り道はうちから持ってきた帽子を深々とかぶって、誰にも目を合わさぬようにと、細心の注意を払いながら、悲しみを噛みしめながら・・。まるで世の中の全てものから逃げるように家路を急いだ。ぼくは店の前で躊躇した。こんな格好を見せるのは、たとえ家族でも辛いから・・。家に帰ったら、意外にみんな無反応だった。
だれも何も全く気にしていないようで、普通に散発にいった日となんら変わらない夕方だった。僕の気持ちはどん底まで沈んでいて、ちょっとしたきっかけですぐに涙があふれる臨戦態勢状態だった。夕飯でおかんが一言だけ「ところであんた、その頭、洗うのと朝は楽でそうやな・・ええなぁ」と本気でうらやましがった。「なんでやねん・・」いつもなら、0.2秒で口にする台詞が今日は出てこない・・。風呂に入ってヘアーシャンプをいつもと同じ量、髪の毛につけてみた。泡立たないし、地肌にこびりつくような、感触が気持ち悪くて・・
ヘアーリンスをしても・・変化もなく1センチメートルくらいの髪の毛はかさかさになっているようだった・・風呂場の鏡に映る自分を見て、この頭と共に過ごす3年間を想像してみた。
3年間・・その時は永遠と等しいとてつもない長い時間に思えた。
男の子だって、見てくれはとても気になるし・・坊主頭は悲しくなる。そして湯船につかってしくしく泣いた・・。家族に聞かれると嫌なので、声は一生懸命押し殺して・・。多分、人生で一番長いお風呂だったと思う・・。自分の部屋に戻ると黒い学生服と白いカッターシャツが壁際に掛かっていた。布団に入ると、寝返り打つたび・・頭がちくちくして、なかなか寝付けなかった。また涙があふれてきた・・。
悔しいのか、悲しいのか、よくわかない・・。ひとしきり泣いたあと・・壁際に吊るされた制服に向かって、枕元にあったヨーグルトの空き箱を投げつけた。その瞬間・・不思議となんか闘士が沸いてきたのだ・・。誰もが言う・・・
「男の子がめそめそしたら、恥ずかしいで!!」
今まで、何回も聞いたけれど・・男子、たまには泣いてもいいんよね。。


目次
Copyright(c) 2005 KanecoEnta!! All Rights Reserved.