金子エンタ!

小説「文房具屋に生まれて」

2015.02.01 Sunday


第28章 夜道に紺色の浴衣


ある日、「閉店売り尽くし」というチラシが山中呉服店の店先に貼られていた・・。
ぼくの町の商店街きっての老舗・・山中呉服店がつぶれたのだ。

店じまいと言うのか、廃業というのか、倒産と言うのか・・
言い方は別にして、とにかく、長年の商売をやめる日がきたのだ。
もちろん、時代的には着物なんて、普段に着るものもではないし、夏祭りの浴衣と成人式の振袖、結婚式の留袖がたまにそのあたりだけ売れていたんだと思う。
おばーーちゃんは、呉服屋は百年は以上の歴史があると言っていた。
店じまいセールが始まって2日目、夕飯の仕度をしていたおかんが家族全員に浴衣を作ると言い出した。
ぼくも、おとんも「めんどくさいわ・・」といったのだけれども・・。
おかんは「本物の浴衣が4000円やで、、」とやたら張り切っていた。
いつもより早めに店を閉めて、久しぶりに家族全員で商店街を歩き、山中呉服店に向かった。
山中呉服店の格子戸を開けると、やまと旅館の双子のおばちゃん、ハルちゃんと富ちゃんがいた。
山中旅館は「旅館」という看板を上げていたのだけれど、家の離れを貸すだけのちょっと広い普通の民家で、長期に渡る国道25線拡張工事の職人さんが定宿にしているこの町唯一の宿泊施設だ・・。

普段、ハルちゃんも富ちゃんも、着物はおろか、割烹着すら着ているところを見たことはない。
「これから私ら着物で接客しようと思うねん」とハルちゃんがおかんにいって、「そらええね・・近所に高級旅館が誕生やな」とおかんが言って、みんな大笑いしていた。
それから、みんな反物の品定めに一所懸命になったが、ぼくは浴衣に全く興味がなかったので、5分くらいで「先帰るわ、・・おかちゃん、帰りにお菓子とジュース買うから300円ちょうだい」と言って、おかんから百円玉3枚せしめて山中呉服店を出ようとすると「アキ、鍵持っていかな、店入られへんで・・」とおばーちゃんが僕にお店の鍵をわたした。
帰り道、ナカハラ酒店に寄って、ポテトチップスコンソメ味とコーラーの1リットルビンを買って、家に戻った。
家について、コップに氷を入れて食卓に座り、テレビのチャンネルを野球中継に合わせてから、買ってきたコーラーをコップに少しずつ泡があまり立たないように注いだ。
一人の居間は広々で、チャンネルを争う相手もいないし、「炭酸飲んだら、走られへんようになんぞ!!」とか小うるさいこというおとんもおかんもいない時間は至福の時間だった。
「このまま、みんな帰ってけえへんかったらええのに・・」と、少し考えたとき、お店のシャッター”がらがら・がらがら”と上がって。
みんなが帰ってきた・・。
至福の時間は一瞬で・・また、チャンネル争いが始まり・・良子が、勝手にチップスの袋を空けて、おかんが残りのコーラーを無造作にコップに注いで飲んだりとか・・いつもの事だけれども、なんかその瞬間はいつもの3倍くらいいらいらして・・。
ぼくは、お店と居間の間にある扉を蹴って・・
家族全員かたまって・・ぼくは自分の部屋に駆け上がった。
2週間後、山中呉服店閉店セール最後の日に家族全員(ぼく以外)の浴衣出来上がってきた。
おとんは「浴衣着て寿司でもくいにいくか!!」と言ってぼくたちは、たなか寿司に出かけた・・。
おとんとおかんと、おばーちゃんと良子は一様に紺色の浴衣に着替えて、ぼくだけTシャツに短パンだった・・。
すし屋に着くと、、たなか寿司のおかみさんが、「みんな今日はええ格好して、どないしたん??」といって・・お茶を出した。
帰り道・・ぼくだけ少し離れて歩き・・みんなは、横一列・・紺色おそろいの浴衣姿だった・・。
たなか寿司から家への帰り道、今町墓地の前に通りかかった時、おかんが幽霊の真似をして良子とじゃれていて。

初夏の夜道に紺の浴衣・・。

模様は全く見えなかったけれど・・みんな同じ衣装に見えた。
それから20年くらい経った・・今年の夏の終わりころに、ぼくは浴衣を買ってみた・・灰色に紺のストライプが入った浴衣だ・・。
今年は袖を通せなかったけれど・・。
来年の夏は着たいと思う、「夜道に紺色の浴衣」は正直に言うと、とても憧れていたから・・。


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