全章の一覧

    プロローグ    第1章 おばーちゃんの店    第2章 おとんの決断    第3章 通天閣
    第4章 オートマチック TOYOTA かむり    第5章 ブルーメタリックの万年筆    第6章 小さな文具屋のイノベーション
    第7章 一家に一台「マイ ティーチャー」    第8章 1ダースの消しゴム    第9章 「昭和の第4コーナー」
    第10章 くすり屋に生まれて    第11章 おかんとぼくの暗黙同盟    第12章 幸運の白いヘビ
    第13章 パンチパーマとおんなごころ    第14章 誕生日には筆ばこを・・    第15章 「ままならず」の呪文
    第16章 ファーストラブ(初恋)    第17章 世界で一番暑い秋    第18章 かすれ声のアカペラ・・(素歌)
    第19章 真珠とおしるこ(前編)    第20章 真珠とおしるこ(後編)    第21章 tough pulling(引きの強さ)
    第22章 文房具屋の匂い・・    第23章 さくら色の嘘    第24章 男子、たまに泣いてもいいんよね
    第25章 走ればええねん。ただ速く!!    第26章 朝ごはん、食パン、チーズとマヨネーズ    第27章 文房具屋に生まれて
    第28章 夜道に紺色の浴衣    第29章 違う理由    第30章 祭りの後に・・(前編)    第31章 祭りの後に・・(後編)

記事一覧

第25章 走ればええねん。ただ速く!!

中学生になってぼくは陸上部に入部した。
本当は野球部にしたかったのだけれど・・。おとんに少し気を使っていたのだと思う・・。

おとんは、プロ野球が大好きだったのだけれども、学生野球は毛嫌いしていたのだ。

若かりしおとんが高校3年の夏、柔道でインターハイスクール8位になったのだが
その年、同じ高校の野球部が甲子園でベスト16になり、おしいいところを全部野球部ナインにもっていかれた・・
エースの投手は学校の女子にキャーキャーともてはやされて、、汗臭い柔道着のおとんは、むしろ女子からは嫌がられる存在だった・・。
というのが、どうも学生野球に対するトラウマの原因らしい・・。

テレビで高校野球のニュースで勝利投手のインタビューがはじまるといつも不機嫌で・・。
「高校生がチヤホヤされたら、ろくな人生になれへんわ・・」といつもテレビに向かって本人には届かない嫌味を言っていた。

走るのは少し自信はあったのだけれども、たぶんおとんが喜ぶのだという思いで陸上部を選んだのだと思う、

坊主頭も少しこなれてきたある日の夕飯で
「アキ・・部活はどないすんねん?」とおとんが聞いた。

「陸上部や」

反応は予想通りで・・おとんは嬉しいそうに、にっこりした。

「そらええわ!!足が速かったら、将来どんなスポーツやってもすぐうまなるからな・・」と満足そうだった。

ぼくもちょっとだけうれしかった・・。

初日の早朝練習・・陸上部顧問の安見先生が
「今日から新入部員が入るけど、2年・3年は手加減せんでもええからな!!」と挨拶して練習が始まった・・。

アップの30m2本と、70mダッシュ5本が終わった時、ぼくたち1年生の大半が青い顔をしていた・・。

「気分の悪やつ!!手上げろ??」と安見先生が聞いて、3人くらいの1年生が手を上げた。

ぼくもすごく気分が悪かったのだけれど、手を上げずに我慢した。

手を上げた生徒は少し休ませてもらえるのかと、思ったけれど
「吐きそうになったら、グランドの隅に行って吐けよ」と先生はあっけなく言って、練習が再開された。

これでもかというくらい、グランドを何週も走らされて・・

最後に「地獄の3抜けダッシュ」という練習が始まった。1年生から3年生まで全員一斉にスタートして200mを走る。1本ずつ男子先頭3人と女子先頭3人が練習を終われるのだ。
男子部員が25人くらい・・最後まで抜けれらないと、全部で7~8本走ることになる。

「1本目、用意スタート!!」と先生が笛を吹いて一斉にスタートした。

ぼくは、体力で雲泥の差がある3年生の先輩がぶっち切るのだろうと思っていたけど、意外にもスローペースでみんな様子を見ているようだった。
150mあたりで、前には4人くらいだった。「いける!!」勝負を掛けてみることにした。
第4コーナーで思い切って一番うちに入り、最後の力を振り絞ってダッシュをかけた。
コーナーを抜けたあたりで先頭にたち、あとは手と足がばらばらになりそうなりながら、ゴールに飛び込んだのだ・・。

3着だった。

「増田、細井、あとその1年、クールダウンや」と安見先生がぼくを指差して言った。
ぼくは要領がわからず、2人の先輩の見よう見まねで、グラウンドを1周軽く流して、柔軟体操をした。
柔軟をしている時、キャプテンの増田先輩が「お前、やるやんけ・・」と声を掛けてくれた。

太もも、腕、頭だってくらくらだったけれど、今まで経験したことのない爽快な気分になって・・。

トラックでは、あいかわらず「地獄の3抜けダッシュ」が続けられていた。
ラスト1本、男子は副キャプテンの通称ヤリ先輩と頭がクリクリ天然パーマの女の子、同じクラスの阪川さん2人だった。
ヤリ先輩は、頭がものすごく尖がっていてその見た目から「ヤリ」と呼ばれ、長距離専門で「地獄の3抜けダッシュ」ではあえて3着までに入らず、ずっと最後まで走る人だった。
くりくりパーマの阪川さんは、なんで陸上部を選んだのか・・ものすごく足が遅い女の子で。

ふらふらの阪川さんをヤリ先輩が後ろから、尖がった頭でまさに槍でつつくように追っかけて、ラスト1本が終了した。
「地獄の3抜けダッシュ」もやっと終わって、みんながトラックの真ん中に集まり、新入部員の自己紹介が始まった。

「1年4組の金田です。希望は短距離ハードルです」とぼくは自己紹介をした。

なぜ、ハードルと言ったのか覚えていないけれど、なんとなく専門的なことを言えば注目されるだろう・・なんて考えたのだと思う。

自己紹介が阪川さんの番になって
「1年4組の阪川です。希望はあまり速くはないんですが、短距離走です」

「その走りやったら短距離はあかんやろ」ぼくは心中でそう思った。

昼休み、阪川さんが教室で声を掛けてきた・・
「金田くん、すごいね。一年やのに・・そんな速かったら、気持ちええんやろなぁ・・」

背中とお尻の間がそわそわとなって・・その瞬間、谷本さんとの失恋も、坊主頭のショックも全て吹き飛んだ・・。

「走ればええねん。ただ速く・・」その時、ぼくはそう思った。

それから3年間、夢中で走った。走る意味もこれっといったゴールも見えないけど・・そんなことはどうでもよかった・・

10代半ば・・そんなものなんだろう・・
そして20年くらい経った今も「出来るだけ、そんなふうがいいんだろう・・」

と、今でもぼくは時々思う・・